マクロ経済学人物伝
スミス
スミスの肖像

アダム・スミス(Adam Smith,1723–1790)は,スコットランドの経済学者・哲学者であり,「経済学の父」として広く知られている人物である.彼の思想は現代経済学の礎となっており,特に市場の自律的なメカニズムや分業の効率性に関する議論は,現在でも重要な理論的基盤とされている.

彼の代表作である『国富論(The Wealth of Nations)』(1776年)は,当時支配的であった重商主義的な考え方を批判し,自由貿易と市場経済の優位性を理論的に裏付けた画期的な書物である.この中でスミスは,分業が生産性を高め,個々の利己的な行動が「見えざる手(invisible hand)」によって社会全体の利益に結びつくことを説いた.

また,『道徳感情論(The Theory of Moral Sentiments)』(1759年)では,人間の共感や道徳感情の重要性について論じており,単なる経済人像ではなく,社会的存在としての人間観をも提示している.このように,アダム・スミスは経済学と倫理学の両面から人間行動を探求していた.

スミスの思想は後に古典派経済学(classical economics)として体系化され,デヴィッド・リカードやジョン・スチュアート・ミルといった経済学者たちに大きな影響を与えた.現代においても,自由市場や小さな政府といった理念の理論的支柱としてスミスの名がしばしば引用されている.

ケインズ
ケインズの肖像

ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes,1883–1946)は,20世紀を代表するイギリスの経済学者であり,現代マクロ経済学の創始者とされている.彼の思想は,1930年代の世界恐慌という歴史的危機に対処するための理論的基盤を提供し,従来の古典派経済学に根本的な見直しを迫るものであった.

ケインズの代表作『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)は,特に「有効需要の原理」を中心とした新たな視点を提示した.彼は,経済の安定と成長には市場の自律性に頼るだけでなく,政府の積極的な関与が必要であると主張した.この考え方は,政府支出や減税などの財政政策を通じて需要を刺激し,失業の削減を目指すものである.

また,彼は「乗数効果」の概念を用いて,政府による支出がそれ以上の経済成長を生む可能性を示した.加えて,「流動性選好理論」により,金利の決定が貨幣需要の変化によって左右されることを説明した.これらの理論は,従来の古典派が想定していた完全雇用や市場の自動調整メカニズムに対する反証とも言える.

ケインズの理論は,戦後の先進諸国の経済政策に深い影響を与え,福祉国家の形成や安定成長の理論的支柱となった.1970年代以降,一時的に新自由主義や新古典派経済学の台頭により影が薄れたが,2008年の世界金融危機以降,再び注目を集めるようになった.

フリードマン
フリードマンの肖像

ミルトン・フリードマン(Milton Friedman, 1912–2006)は,20世紀を代表するアメリカの経済学者であり,新自由主義(neoliberalism)およびマネタリズム(monetarism)の代表的論者である.彼はシカゴ大学で長く教鞭をとり,1976年にはノーベル経済学賞を受賞した.その理由は,マクロ経済学,消費理論,通貨理論,経済政策における複雑な因果関係の解明に貢献したことである.

フリードマンは,インフレーションの主因は貨幣供給量の増加にあると主張し,「インフレーションは常にどこでも貨幣的現象である」という有名な言葉を残した.彼のマネタリズム理論は,ケインズ主義に代わる新たなマクロ経済政策の枠組みとして注目された.この考えは,中央銀行が通貨供給量を安定的に管理することで,経済の過熱や冷え込みを防ぐことができるという立場に基づいている.

また,消費者行動に関する理論として知られる恒常所得仮説(permanent income hypothesis)を提唱し,消費者は現在の一時的な所得ではなく,生涯を通じた平均的な所得(恒常所得)に基づいて消費を決定すると論じた.この理論は,景気変動と消費の関係を説明する上で重要な役割を果たした.

フリードマンは経済だけでなく社会政策においても一貫して自由主義的立場をとり,政府の介入を最小限にとどめ,市場の自由な競争による資源配分の最適化を唱えた.教育バウチャー制度やフラットタックス制度の提案もその一例である.1962年に出版された著書『資本主義と自由』(Capitalism and Freedom)では,経済的自由が政治的自由の不可欠な基盤であるとし,政府の役割を限定すべきと主張した.

フリードマンの思想は,1980年代以降のレーガン政権(アメリカ)やサッチャー政権(イギリス)の経済政策に大きな影響を与えた.また,南米チリにおける経済改革にも理論的支柱を提供し,「シカゴ・ボーイズ」と呼ばれる彼の弟子たちがその政策立案に関与した.しかし,このような改革は社会的格差の拡大を招いたという批判もあり,フリードマンの影響力には肯定的・否定的の両面が存在する.

ルーカス
ルーカスの肖像

ロバート・E・ルーカス(Robert E. Lucas, Jr., 1937–2023)は,アメリカ合衆国の経済学者であり,20世紀後半におけるマクロ経済学の理論的発展に多大な影響を与えた人物である.特に,合理的期待形成(rational expectations)をマクロ経済モデルに導入したことで広く知られ,新古典派マクロ経済学(new classical macroeconomics)の創始者と位置付けられている.

ワシントン州ヤキマに生まれたルーカスは,シカゴ大学において経済学の博士号を取得し,同大学において長年にわたり教育・研究活動を行った.1995年には,「合理的期待理論の発展およびそれを用いたマクロ経済政策分析への貢献」により,ノーベル経済学賞を受賞している.

彼の代表的な理論的貢献の一つに「ルーカス批判(Lucas Critique)」がある.この批判は,従来の経験的マクロ経済モデルが政策変更に対して構造的に不安定であることを示し,経済政策の効果を正確に評価するためには,ミクロ的基礎に基づいた構造モデルの構築が不可欠であると主張したものである.

また,彼は「合理的期待革命(rational expectations revolution)」の中心的存在でもあり,経済主体は将来の政策や環境変化を合理的に予測して行動するという前提の下に,従来のケインズ的政策は長期的には効果を持たないことを理論的に明らかにした.この理論枠組みは,後に新しい古典派マクロ経済学や実物的景気循環理論(real business cycle theory),さらに新しいケインズ経済学(New Keynesian Economics)の発展にも多大な影響を与えた.

彼の主要な研究業績には,「Expectations and the Neutrality of Money(1972)」, 「Econometric Policy Evaluation: A Critique(1976)」などの論文があり,著書『Models of Business Cycles(1987)』も高く評価されている.

ルーカスの理論的貢献は,マクロ経済政策の分析において予想や制度設計の重要性を明示し,特に中央銀行の政策立案における透明性および予見可能性の必要性を論理的に裏付ける基盤を構築した.ロバート・E・ルーカスは,現代マクロ経済学の再構築に決定的な役割を果たした経済学者である.